音楽の憧れへの追求に憧れたあの頃の「OLD CALENDAR 古暦」を、再び手元に置く

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Youtubeで音楽を聴いていると、その曲やアーティストに関する次のお勧めが並んで表示されますが、そこに気づきがある事がよくありませんか?

先日も、どう言う流れだったか記憶にはありませんが、「伊勢正三」にたどり着いた時、「月が射す夜 OLD CALENDAR version」と言うのを見つけました。

僕達の年代ならば、風の「OLD CALENDAR 古暦」を覚えている方は多いと思います。

1971年、「南こうせつとかぐや姫」でデビューした伊勢正三にとっての一つの転機は、74年に発表したかぐや姫4枚目のアルバム「三階建ての詩」なのは間違い無いでしょう。
それまで作詞は担当していた伊勢正三が、このアルバムで初めて作詞作曲を手掛けた「22歳の別れ」と「なごり雪」が収録されているからです。

1975年に解散した「かぐや姫」、伊勢正三は大久保一久とフォークデュオ「風」を結成し、そのデビュー曲として「22歳の別れ」は大ヒット、「なごり雪」はイルカのカバーにより大ヒットしました。

そして、風として「海岸通」「あいつ」「あの唄はもう唄わないのですか」などを含む2枚のアルバムを発表し、伊勢正三は叙情派フォークの代表としての座を築きました。

その状況の中、76年に「ささやかなこの人生」をシングルでリリース。
これまでになくポップな曲調に僕・君が出てこない第三者的な詩と言う挑戦も、シングルオリコン16位と言う結果的に「風」としては「22歳の別れ」に次ぐヒットとなり、伊勢正三の転換の自信にもなったエポックな曲となりました。

そして同年暮れに、当時アメリカで渋く人気のあった「STELLY DAN」の影響を受けたと言う「ほおづえをつく女」を含む、サードアルバム「WINDLESS BLUE」を発表しました。
僕が伊勢正三をしっかりと聴くようになったのはこの頃からです。
「STELLY DAN」の影響を受けたと言うところに興味を持ったのです。

元々はバンドでスタートした「STELLY DAN」ですが、この頃は「ドナルド・フェイゲンとウォルター・ベッカー二人のユニットになっていた事を、風の二人は自分達に置き換えたのかもしれません。

76年発表の「STELLY DAN」の「The Royal Scam」を聴くと、当時の伊勢正三・大久保一久がどれだけ「STELLY DAN」が好きだったかがわかります。

アコースティックギターからエレキギターに持ち替え方向転換した「風」は、翌年に発表された「海風」ではポップスと言うよりフージョンの方に向いて行きました。

タイトル曲の「海風」は、僕の中では日本最高のフュージョン楽曲だと今でも思っています。

アルバム「海風」もオリコンチャート1位となり、当時のライブの到達点でもある日本武道館でのコンサートも行いました。

78年に発表した「MOONY NIGHT」とそのツアーも終わり、次に突如としてリリースされたのが「OLD CALENDAR 古暦」と言う、ベストアルバムだったのです。

発表したアルバム5枚のうち、3枚がオリコン1位、残りは2位と3位と言う、大ヒットを飛ばしたグループが、解散コンサートもせずにベストアルバムを残してその終焉を迎えたのでした。

このベスト盤は2枚組ですが、伊勢正三と大久保一久が各10曲を1枚に収めるという形で構成されていて、正に別れると言う事を表していました。
しかも伊勢正三は全ての曲を新しいアレンジによるリテイク、大久保一久は4曲をリアレンジと、少し思い入れの差も感じたりしたものでした。
こうして振り返ると「OLD CALENDAR 古暦」 は、74年の「22歳の別れ」「なごり雪」の作詞作曲から、わずか5年の間に音楽性をガラリと変えた伊勢正三の集大成的な1枚であり、次のAOR路線への布石とも言える作品とも言えます。

また、伊勢正三に刺激を受けて、音楽的成長を見せた大久保一久の足跡も聴き取ることもできます。

風が活躍したのは70年台後半、もちろんCDなんてない時代です。
その中で、なぜか何度かあったCD化と買うタイミングが合わなかった「OLD CALENDAR 古暦」ですが、39年を経て再び手にすることができました。
当時、二枚組のレコードと言うと、普通は見開きのジャケットの左右にレコードを収めるようになっている中、「かぐや姫フォーエバー」と同様にボックス型の化粧箱にレコードをしまう、なんとなく高級品のような作りが懐かしく思い出されました。

そこには、配信にはない、そしてCDでも作りきれない、レコードの持つ良さがありました。
スプレーで静電気を排除しクリーナーで埃を落とし、気をつけて針を落としたあの頃は、今よりもっと音楽を大切にしていたなと思います。
そして、僕達が洋楽に憧れるように、その憧れを日本の音楽として体現しようとする日本人ミュージシャン達を応援して行きたくなったものでした。

そんなことを思い出させてくれた「OLD CALENDAR 古暦」、タイトルの意味も39年経て気付かさせてもらいました。

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