戦争を知らない子供達の靖国神社初参拝  歴史の会訪問記

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僕が中学生の頃のヒット曲に、ジローズの「戦争を知らない子供達」と言う曲があります。

改めてウィキペディアを見ると、「戦争を知らない子供達」は、1971年2月の発売でオリコン最上位が11位ということで、自分のヒットの記憶からすると、意外にもベスト10には入っていませんでした。
ただ、当時の僕たちの間で流行っていた深夜ラジオを聴くと言う中で、毎週土曜日の夜のTBSラジオ公開放送だった「ヤングタウン東京」と言う番組で、ジローズが生で歌うコーナーがあったので、世の中のヒットランク以上に僕の記憶に残る曲になっているのだと思います。

ベトナム戦争への反戦運動としてフォークソングがブームとなり、日本にもその流れがありました。
70年安保の学生運動があり、過激派による浅間山荘事件が72年と言う背景でした。

一つの曲に全ての理由を押し付けるのもおかしな事ですが、なんとなく、平和とは「戦争を知らなければ良いこと」と言う納得感が宿ってしまった気もします。

僕が生まれたのは終戦後10年を少しすぎた辺りでした。
小学生の頃に戦後20年を迎え、物心ついた時の記憶はすっかり復興した街並みでした。
それでも、東京都目黒区にもあちらこちらに防空壕が残っていて、子供には格好の冒険の場にもなっていましたから、戦争の爪痕は感じていた訳です。
両親からは戦時中の話を時々聞きかされましたが、幸い、僕の近しい親戚には戦争によって亡くなった方はいませんでした。
もちろん、軍に行かれた叔父もいましたが、無事でした。

そのような背景で、生まれてから一度も靖国神社を参拝したことはありませんでした。

一時期、千代田区の番町や麹町・市ヶ谷・飯田橋辺りが営業テリトリーで、毎日のようにあの一帯に通っていた時もありましたが、なぜかあの鳥居内には桜の季節でさえも足を踏み入れたことはありませんでした。
単純に神社仏閣などに関心がなかっただけかもしれませんし、どこか戦争と結びつくものを感じていたのかもしれません。

しかし、年齢を重ね、近代の歴史への興味が深くなると共に、このところの中韓との領土問題や北朝鮮のミサイル開発などもあって、先の大戦への認識が不足している事を感じていました。

少し前なら、沖縄に行けば綺麗な海や観光地に行っていたのでしょうが、今年沖縄に行った時は、観光地よりも慰霊碑や戦争遺跡に足を運んでしまいました。

そして、自身の還暦を契機に、靖国神社へお参りに行こうと思い立った訳です。
参拝と共に、遊就館を見学することも目的の一つでした。

このような者に、終戦記念日の参拝はおこがましいので、翌日16日に行きましたが、雨の中にも関わらず、多くの方がお参りにいらしてました。

車で行ったので、大鳥居ではなく石鳥居から中に入ることになりました。
第二鳥居に近づくに連れ神門から拝殿まで、雨に煙る中、見えてきます。

大手水舎で清め、大きな菊のご門の神門を通ります。

中門鳥居から拝殿へ向かいお参りします。

僕がお参りしようとした時、先に立たれた方が、「叔父である・・・・」と所属と階級お名前さらに南方の戦没地を語り上げ、お参りされていました。

その後、今回の参拝の目的でもある遊就館に向かいます。

中に入ると、ロビーに零戦とC56蒸気機関車が展示してありました。
僕らの少年時代は、「ゼロ戦はやと」や「紫電改の鷹」等の戦争漫画が週刊漫画雑誌に連載されていました。
こうして改めて本体を実物で見ると、美しさすら感じます。
しかし、最後は零銭自体を爆弾化する特攻が行われたと思うと、その美しさが辛くも感じます。

ホールから展示室内に入ると、撮影は禁止になります。
鎌倉時代辺りからの武士道の歴史から明治維新・西南戦争そして靖国神社の創設と部屋を進むにつれ時代が進みます。
そして、日清・日露・支那事変と続き大東亜戦争となります。

鎧や剣、軍服や所持品と併せて、多くの書簡も展示されています。
特に大東亜戦争のエリアでは、親や家族に向けた遺書が多くなります。
立派なことが書かれているものばかりでしたが、遺族のもとに届くには、当然、検閲を受けていたと思われ、その行間にある死に直面した悲痛さを改めて感じてしまいます。

最後に靖国の神々として、ご遺影が展示されていました。

そして、再び大きな展示フロアがあり、人間魚雷「回天」や「九七式中戦車」・艦上爆撃機「彗星一一型」などが展示されていました。
どれも、日本の技術の高さが解るものでした。

 

別に有事の心配が表面化した時に、急に右傾化したわけではありません。

「戦争を知らない子供たち」は平和を知るために、改めて戦争に学んでいかなければならないと、本掛還りの年に再認識した次第と言う事です。

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コメント

  1. 五十嵐 紀子 より:

    明治以来、四つの対外戦争。参戦の判断を下したものは何だったのか、知らなければなりませんね。

    • tack より:

      ノン子、いつもコメントありがとうございます。
      戦争は軍が起こすものと思っていましたが、やはり犠牲を出したくないので「軍人は戦争をしたがらない」と言う話を聞きました。軍人よりシビリアン(文民)が引き起こしてしまう事が多いとの政治学です。もちろん、軍隊の暴走も無いとは言えないと思うので、その辺りを、しっかりと学ばなといけないと思う今日この頃です。

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