死ぬまで聴くぞ!僕的日本のAOR選 Vol.1 松任谷由実

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「死ぬまで聴くぞ!僕的日本のAOR選」1枚目のアルバムとして紹介するアーティストは、予告通りユーミンこと松任谷由実です。(文中敬称略)
改めて書くこともないかもしれませんが、1972年に旧姓荒井由実名義の「返事はいらない」でデビュー、翌73年に「ひこうき雲」でアルバムデビューしました。そして2016年の「宇宙図書館」まで38枚のオリジナルアルバムをリリースしています。この中から1枚を選べと言われても、これは十人十色の選択があるでしょう。2018年には45周年記念アルバムをリリースされましたが、デビュー時からずっと聴かれてきた方もいれば、年齢的な通過点的に、よく聴いた期間があると言う方もいらっしゃると思います。それぞれの中にこのアルバムが良いと言うのがあると思います。
僕は、中飛びです。デビュー時から良く聴いていた期間と、流して聴いていた期間、そして最近はまた聴くようになり、ライブにも行くようになりました。
結婚して松任谷由実となり、バブリーなライブを展開していた頃は正にプラチナチケットで、「ユーミンのライブはチケットが取れない」が頭にこびり付いていました。もちろん、今みたいにインターネットサイトでチケットが取れる訳ではなく、徹夜してプレイガイドに並ぶなんて言うことをしなければはいけない時代でした。最近は、比較的楽にユーミンのチケットがゲットできるのが分かって、ライブにも行くようになりました。

ユーミンの1枚は「14番目の月」

そんな僕が「Album Oriented Rock」な1枚として選ぶのは、4枚目のアルバムで荒井由実として最後のオリジナルアルバムの「14番目の月」です。
リリースは1976年です。
振り返ってみると、1976年前後は日本の音楽の転換期でもありました。オフコースの「SONG IS LOVE」、風の「WINDLESS BLUE」、吉田拓郎の「明日に向って走れ」、井上陽水の「招待状のないショー」、翌年になりますがかぐや姫の「かぐや姫・今日」と、それまでフォークといわれるカテゴリーにいたシンガーソングライター達が、よりポップなアルバムをリリースし、ニューミュージックと言う新しいジャンルが定着を始める年だったのではないでしょうか。
反戦歌としてメッセージ的だったフォークが、より自分の内面を唄う事になり、そこに恋愛を載せた叙情派フォークが全盛となった1972年に、荒井由実はピアノの弾き語りスタイルでシングルデビューしました。800枚しか売れなかったと言われていますが、改めて聞くと、かまやつひろしプロデュースだからかもしれませんが、そこには叙情派フォークとは違うアメリカンロックなテイストを感じます。

新しい音楽作成の場

2010年に「MASTER TAPE〜荒井由実「ひこうき雲」の秘密を探る」と言う番組がNHK BS2で放送されました。「ひこうき雲」の16チャンネルのマスターテープを題材に、ユーミンはもちろん、ご主人の松任谷正隆・林立夫・細野晴臣の当時のバックミュージシャンにレコーディングエンジニア達が収録を回想する番組でした。このバックミュージシャンの名前で足りない人がすぐに分かる方もいらっしゃると思います。
そう、ここに鈴木茂がいたらティンパンアレイが勢ぞろいです。
ティンパンアレイは当初キャラメルママとして活動していて、この放送でユーミンはキャラメルママと呼んでいました。
今から46年前の事です。デビューシングルは全く売れなかった10代の女子と、当時の若者だった我々はミュージシャンとして憧れの眼差しで見ていたとは言え、世の中的にはとてもメジャーとは言えないティンパンアレイのコラボレーションです。
芝浦にあったアルファレコードを設立した村井邦彦は、16チャンネルマルチレコーディングのスタジオを作り、ミュージシャンが音を作り上げていける環境を整えて、その中で作品を生み出していくことを進めました。ユーミンそしてティンパンアレイとエンジニアが、試行錯誤しながらアルバムを仕上げて行く様子が語られたこの番組は、とても貴重なものだと思います。
そして、一人の才能とそれを支える楽器職人達の生み出す音楽の素晴らしさは、その後の日本の音楽界を変えて行く節目とも言えるのではと思います。いわゆる、ニューミュージックと呼ばれたジャンルが、生まれ始めた時と言えます。

MASTER TAPE ~荒井由実「ひこうき雲」の秘密を探る~(2010) 

ユーミンオリジナルアルバムで初のチャート1位となった「14番目の月」

そして、その3年後、先ほどの番組では「ひこうき雲」のレコーディング中におつきあいが始まったと言っていた松任谷正隆との結婚を期に、歌手引退を意識していたのではないかと思われる、独身時代の集大成的な名盤となったのが「14番目の月」です。
1975年にドラマ主題歌にもなった「あの日にかえりたい」が、オリジナルコンフィデンスのシングルチャートで初の1位となりました。
このアルバムの前に「YUMING BRAND」と言う、デビューから3枚のアルバムのベストアルバムをリリースして、オリジナルコンフィデンスのアルバムチャートで1位を獲得しました。
「YUMING BRAND」は、僕たちの年代には懐かしい、青と緑のセロファンのメガネで見ると立体写真に見えるジャケットのアルバムです。
ジャケットのメガネを外すわけにも行かないので、赤と緑のセロファン紙を買って写真を見た記憶があります。
ヒットチャートの「オリジナルコンフィデンス」も懐かしいですね。社長だった小池さんの事を思い出す方もいらっしゃると思います。今では略称だったオリコンが社名になっていますが、コンパクトディスクの販売低下に伴い、オリコンのヒットチャートもあまり聞かなくなりましたが、14番目の月」はユーミンのオリジナルアルバムでは初めてチャートの1位を獲得しました。

振り返れば参加バックメンバーが凄すぎる!

この「14番目の月」も素晴らしいミュージシャンがバックを務めています。
90年代のアルバムに数多く参加した、ドラムのマイク・ベアードとベースのリーランド・スカラーが初めて参加しています。ウエストコーストサウンドのリズム隊の起用は、ちょっと予算的に余裕が生まれたかなと思うところですね。ただ、このアルバムがそれまでとまた変わった感じを受ける一番の理由かもしれません。キーボードはもちろん松任谷正隆。細野晴臣はスチールドラムで参加。ギターは鈴木茂と松原正樹。パーカッションに斎藤ノブ。トランペットの数原晋。そして、コーラスとして山下達郎・吉田美奈子・大貫妙子・尾崎亜美がクレジットされています。それにしても、豪華なコーラス陣ですね。このアルバムは、松任谷正隆が初めてプロデューサーの立場で関わったアルバムで、全曲のアレンジも担当しています。ただし、コーラスのアレンジは山下達郎です。山下達郎は2作目の「MISSLIM」から「OLIVE」までの6作品にコーラスとコーラスアレンジで参加しています。「OLIVE」が1979年リリース、山下達郎が「RIDE ON TIME」でブレイクしたのは1980年の事です。

その後の音楽シーンに残した影響多きアルバム

この「14番目の月」と言うタイトルですが、「さざ波」や「避暑地の出来事」をタイトルにして海岸線と椰子の木みたいなイラストのジャケットでも、「中央フリーウェイ」をタイトルに夕暮れの高速に街明かりみたいなジャケットでもいけてしまうと思いませんか?そう、その後の日本のミュージックシーンを飾るリゾート系やシティ系のJポップのエッセンスは完全にここにあります。とは言っても「14番目の月」と言うタイトルも、最初意味不明だったのですが、レコードに針を落とし「♪次の夜から欠ける満月より14番目の月が一番好き」と唄われて、「なるほど、そう言う意味か!」と納得したことをよく覚えています。そう思われた方も、多かったのではないでしょうか?なんともお洒落なタイトルだなと思いました。今でも、ライブ後半の盛り上げ曲として歌い継がれていますね。
当時のサーフシーンをいち早く取り入れて、茅ヶ崎のサーフショップ「goddess」を歌詞の中に取り入れてました。今では鉄筋のビルの様な建物になって、134号線を西に向かって走る時、確認する前に通り越してしまいそうになりますが、あのテラスのあった白い木造のお店が「天気雨」を聞く度に思い出されます。
そして何と言っても、「中央フリーウェイ」、日本の音楽シーンに残る名曲です。

ユーミンはいつも「14番目の月」

先日行った地元さいたまアリーナのライブも素晴らしかったです。センターステージも久しぶりのようでしたが、アリーナ公演には絶対あるはずの巨大モニターがありませんでした。
座席には腕につけるライトが用意され、遠隔操作でついたり消えたり色が変わったりします。これは、ジャニーズ系とかのライブでも使われている技術で、ユーミンが初めてと言う訳ではありません。しかし、ホールステージでは見ることのできない景色、聴衆がライトをかざす景色と歌うユーミンを見る事ができ、感動してしまいました。しかも、巨大モニターが無いので、ユーミンの唄うアップを画面で見たりするのではなく、ステージ上で繰り広げられるシーンをそのまま観るのですが、ユーミンは表情もわからないくらい小さくとも、ステージに引き込まれていく演出はさすがの一言です。
正直、歌唱力は落ちて久しいですけど、ステージの構成と魅せるユーミンに、これが今の私の全てだと感じさせる凄みがあります。
45周年のアリーナツアー、最後に「引退公演じゃないですよ!まだまだ、ステージのアイディアはあります!」と宣言していました。
今回のライブではこの曲は聞けませんでしたが、ユーミンはいつでも「14番目の月」なんですね。

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